こんにちは。
オーダーメイドハーブのお店「さなぎハーブ」を運営しています。
ホダカです。
今日は何だかやたらと眠い日でした。
疲労とか季節に関係なく、そんな日がときおり訪れます。
意識の外で体は何かを感じ取っているのかなと思います。
人の気持ちになって考えることは難しい
少し前の話ですが、私と同じくフリーランスでも活動されている方が「お客様目線にたてない」というぼやきをされているのを聞きました。
どうもその方はどちらかといえば「少数派」の意見に共感してしまうことが多く、自分が良いと思った方向に進むとちょっとおかしいことになってしまい、どうしたものかと悩まれていましたようです
(こういうサービスを始めようかと思って人に相談したら、いやそれを求めているのはごく一部だけだからと突っ込まれるなど)。
他人の気持ちになって考えるとは、耳にタコができるくらい聞かされてきましたが、それを実践するのはやはり難しいです。
それくらい人は主観から逃れられないのだなと思います。
漠然としたものでなく、具体的なものに寄り添う
そもそも「他人(お客様)」とはいったい何なのか?と思ったりします。
たんにそういう言葉を使う時何となくイメージするのは、顔もなく、人格もなく、存在しないけれどだいたい「多数派」が感じていることを感じて、一般的な意見をもつ影のようなものでないかなと思います。
そういう架空のものを想定してその立場に立つことは難しいです。
・・・いやむしろ不可能だとすら感じます(マーケティングなどを専門的に学んだわけではないので、訓練によってはできるのかもしれませんが)。
ただお客さんの目線にたつことは、仕事をするうえではほぼ必須です。
そのためどうするかを考えたのですが、私の場合はそういった漠然としたものに思いをめぐらすよりも、目の前の具体的な相手とのやりとりのなかでチューニングしていこうと思うようになりました。
目の前の人と繋がることで、遠く果ての人と繋がる
想像力でカバーできないのならば聞くしかないということです。
ですが結局は一番の望みや答えは目の前の人のなかにあるので、それでいいのかなと思っています。
そしてそれは巡り巡って、多くの人の気持ちを理解することに繋がるような気がしてきました。
これは私の感覚の話なので一般論ではないかもしれませんが、人はそれぞれ確かに違うんですがだいたいの部分は「共通」しているものだと感じます。
だからこそ同じように映画を見て笑い、恋愛に悩み、風景を見て感動し、それに共感できるのだと思います。
私を含めて多くの人は特別ではないので、自分と目の前の相手が感じていること、考えていることは世の中の何万人も同じように感じていて、考えているみたいな変な確信があります。
そのため今目の前の人と真剣にやりとりすれば、その遠く奥にいる何万と同じ目線にたって考えるに等しいのではないかなと思います。
手作りの小さな仕事を手掛けているからこそ、そんな目線を大切にしていきたいと思っています。
それでは!