九品仏での寄り道|祈る場所が必要なこと


こんにちは。

オーダーメイドハーブのお店「さなぎハーブ」を運営しています。ホダカです。

 
3月に入り、日が暮れても空気が柔らかくなってきたように思います。
この春のちょっと手前くらいの雰囲気がとても好きです。

花粉症もちの方にはなかなかつらいい季節のようですが(-_-;) 

■ 九品仏で寄り道

昨日は自由が丘に行っていました。
前職の頃はときどき仕事で訪れていましたが久しぶりです。

遊びにいっていた・・・というわけではなくレンタルスペースの下見です。
今度自主的に料理&お茶会を開こうと思っているので、開催場所をいろいろ調べています。

レンタルスペース 内装

企画を進めるのは楽しいなと思います。

そしてその帰りにふらっと目に入った九品仏(浄真寺)で寄り道しました。

ここがすごく良かったです!

小京都のようで、都内にこんな場所があったのかと思いました。

九品仏

 参道 なんとなく出雲大社を彷彿とさせます。あそこはスケールが桁違いですが・・・。

九品仏
 
その名の通り9体の仏像が置かれています。

九品仏 松

 なかはけっこう広くて、穏やかな空気が流れています。

■ 祈る場所の必要性

ここだけに限りませんがお寺は様々な祈りや願いがふきだまりのような場所だからか、澄んだ空気が流れているように感じました。

やっぱりこういう場所が人間には必要なのだなと思います。

慌ただしい日常に流されてしまうと、なかなか心を鎮めたり、思い煩うことを振り切ったり、何かを受け取る勇気を持つことができない。

だからこそ日本全国に神社仏閣はあるのではないかと思います。

たまには実質的で意味のあることばかりをしている日常から離れて、お寺巡りなどをするのもいいかなと思う今日この頃です。

九品仏から見た空

自由よりも不自由を求めてしまうときもある

こんにちは。

オーダーメイドハーブのお店「さなぎハーブ」を運営しています。ホダカです。

いつの間にか2月も終わりの日です。一瞬あたたかくなったかなと思いきや今週は天気もあまりよくないせいか寒いです。
春が待ち遠しいなと感じます。

今日は仕事を始めて感じる自由について書こうと思います。

自由すぎると辛い

仕事を始めてからわかったことに、自由っていうのは意外に辛いということがあります(正確に言うと自由すぎると辛い)。

今は好きで興味があることを仕事として確立させようとしていて、しかも一人でやっています。

そのためこの「さなぎハーブ」という仕事に関しては本当に際限なく自分の自由に動かしています。

いつ仕事してもいいし、気に入らない仕事は断ることもあります。
お客さんに何をいくらで出すとかも自分の匙加減でできます(・・・その気になればできるというだけでそんないい加減にやってはいませんがw)

でも逆に言えば全て自分で考えて、決めて、責任をとらなくてはいけません。

それはなかなかしんどいところもあります。

決められているのは楽

サラリーマン時代に夢を見つつもなかなか踏み出せなかったのは、それを心のどこかでわかっていたからなんではないかなと今は思います。

勤め人の頃は一日に14~15時間くらい働く長時間労働者でした。

常に膨大に与えられる仕事をいかにこなすかということばかりを考えていました。

まるで仕事をするための機械のようだと思っていましたが、でも何をやるのか明確な分それをやっていればいいという妙な楽さもあったと思います。

自由から逃げる

ビジネスに関することをよく教えてくれる先輩がよく引用する言葉に、
「我々は自由を獲得するために闘うことは得意だが、その自由を行使することは苦手だ」
というのがあります。誰の言葉かは忘れてしまった・・・。

あまりに自由すぎるのはしんどいです。
この世の中に様々な方やルール、道徳や常識といったものがあるのはいちいち自分で考えて決めるのは大変だからという理由も大きいんじゃないかなと感じます。

また、不自由であることってメリットもあるような気もします。

たしかに少し窮屈ですが、ある意味行動が制限されていたり視界が狭まっている方がシンプルでありのままに世の中が見えるようにも感じます。余計なことに気を散らさない分目の前のことだけに集中できるというか。

忙しさに追い詰められているときのほうが、想像力を膨らませやすかったりというときも少なからずあるように思います。

自由と不自由の中間

とはいえ自分で何も決められないって空しいんですけどね。

決して嫌なことでなくとも、押し付けられたことばかりをやり続けると心身がすり減るように思います。

その狭間で適度にバランスをとりながら、自分のやりたいことは我慢せずにやりつつも、フリーダムに走りすぎもしない、といった具合がちょうどいいんではないかなと感じながら日々仕事をしています。