自分を深く分析するよりも、視点を変える

こんにちは。

オーダーメイドハーブのお店「さなぎハーブ」を運営しています。ホダカです。

この土日は「アースデイ東京」ですね。

 

毎年足を運んでいるのですが、なぜかいつも天気悪かったり寒い印象があります(-_-;)

とはいえ日曜日はよく晴れそうで良かったです!

 

今日は「自己分析」について最近感じることを書こうと思います。

 

自己理解は本当に大事なのだろうか?

さいきん周囲で自己分析というか「自分とは何者であるのか?」、をかなり深いところまで掘り下げようとしている方が多いように感じます。

 

私も特に就職活動をしていた学生時代はとても切実に「自己分析」をしていましたが、それからしばらく経つ今、自分を探究していくことにわずかな違和感を感じることがあります。

 

以前は好きなこととか長所短所とかを深く掘り下げて、自分を「理解」しないと楽しい人生がおくれない、と思っていました。

 

「敵を知り、己を知らば百戦危うからず」、ではないですがおそらく自己理解がすべてのベースにありそこから組み立てていくのが当然だろうと思っていました。

 

たけど最近そうでもない気がしてきました。

 

自己分析をしてなさそうだけど楽しそうな人たちもいる

そう思うようになった理由に、「ホームレスで家を持たずに、自分の一日を50円で売る」とか面白い生き方をしている人との遭遇などが影響していると思います。

 

そういう人たちって私の目から見ると「自分をよく理解したうえで行動している」というような感じではないんですよね。

 

むしろ自分の内側にはあまり目を向けず、混沌とさせたままにしているように感じる。

 

けれど本当に楽しく生きている(ように見える)。

そんな人達と話をするなかで、必死に自分を掘り下げているが少し滑稽に感じたりしました。

 

自己理解よりも人生というゲームを楽しむ

おそらく自分を理解しようとする試みは大事なのだと思います。


けれどそのあたりの言語化とか考察とか、そういう「自我」にこだわりすぎると、逆に迷宮入りするように感じてしまいます。

 

ほどほどで止めてあとは行動なのかなと。

このあたりの価値観は様々かもしれませんが、私は人間なんてお互いそんなに違いはないものではないものと思っています。

 

9割くらいは同じようなことで楽しみ、悩み、過ごしている。
だからお互いに共感もできる。

 

ちょっと極端に言ってしまえば自分なんて人生ゲームの「駒」みたいなもので、それがどんな特徴があるとか、誰かとどんな違いがあるとかたいして深く考える必要はないと思っています。

 

だから大事なことは自分という「駒」を深く分析することでなくて、それを使ってどう人生を楽しむかという「プレイヤー」の視点にたてるか。

 

そんな客観的な視点をもてるかが鍵だと考えています。

 

なかなかそんなに達観はできないですけどね(-_-;)
それでは!

 

ワイルドストロベリーの株分けと植え替えの動画

 

こんにちは。

オーダーメイドハーブのお店「さなぎハーブ」を運営しています。ホダカです。

 

今日はちょっとはじめての試みで「ワイルドストロベリー」の株分けと植え替えの動画をあげてみたいと思います。

 

春になってハーブたちをいっせいに植え替えているのですが、せっかくなので動画にしたりすると誰かの参考になるのではということで撮影しました。

 

普通のスマホで撮っているのですが、よければご覧ください。

 

ワイルドストロベリーの株分けと植え替え

<準備>

あらかじめ以下の物を準備しておきます。

 

  • ワイルドストロベリー本体(動画時間を短縮するためにあらかじめ土をはらっています)
  • 植え替え用の鉢(底にネット敷き)
  • 鉢底石
  • 培養土
  • シャベル


<内容>

0:00~ 植え替え用の鉢に鉢底石を入れる


0:30~ ワイルドストロベリーの株分け(真ん中くらいから少しずつ割いていく)

3:10~ 分けた株の片方を植え付ける(培養土を少し底にいれてもいいです)

3:20~ しゃべるを使って株の周囲から培養土をいれてく

4:50~ 棒や指を使って土に隙間ができないように押し込んでいく。さらに土を足す

6:00~ あまり鉢の口ぎりぎりになりすぎないように土を入れていって完成

以上になります。

本格的にやるなら機材を揃えたり、編集を覚えたりしないとなと思います。
しかし個人で動画を撮影してアップロードするのがこれほど簡単とは・・・!とやってみると感銘を受けました。

まだまだ植え付けの時期なので、気が向いたら他のものでもやってみようと思います。