うまく語れなくても次は見返そうと思わず、その感情をエネルギーに変える

こんにちは。

オーダーメイドハーブのお店「さなぎハーブ」を運営しています。

ホダカです。

 

鉄塔のある風景が好きです。

 

むかしから何となく惹かれる所があって、こんな景色を見るとどことなく郷愁感をおぼえます。

 

そんな写真集とかあったら買ってしまうかもしれません。

 

 

 立て板に水としゃべれない

 私はそこまで弁が立つほうではありません。

 

 

用意していれば別ですが、急に人から意見や考えを述べよと突き付けられるとうまく返せなかったりもします。

 

そんなわけで時おり悔しい思いや、劣等感を感じたりします。

 

 

以前はそれをどうにかしようと躍起になって会話術を調べたり、ディスカッションに慣れようとしていたときがあるのですが、なかなかうまくいきませんでした。

 

生来のものもあるので、なかなか変えられないなと思います。

 

 

 話せないコンプレックスに縛られるよりも、次の行動をする

ですが最近はある程度割り切って考えるようになってきました。

 

口頭でのやり取りでは負けるしかないかなと。
(・・・いや別に常に論争をふっかけられているわけではないのですが)

 

 

そもそも話術が巧みでありたいと思うのも、それが相手への配慮だったりもしますが、ただの見栄であったりもします。

 

それよりもやり続けることの方を自分は大事にしようと思い始めてきました。
「言葉」拙ない自分はその分「行動」でカバーしようかなと。

 

 

うまく語れなくても、ときにはバカにされてもやり続けてみる。

 

そのときの切ない感情もできるだけ感じきって、力に変えて進んでいきたいと日々思っています。

 

 

それでは!