「誰か」のことを意識するのはもっと先でいいのではないか

こんにちは。

オーダーメイドハーブのお店「さなぎハーブ」を運営しています。

ホダカです。

 

 

昨日「心に毘沙門天を常駐させる」などと言ういかついタイトルで、自分をあえて「弱い」存在にすることでいろんなことから逃げてしまうみたいな話を書いたのですが、心理学的にはよくあることみたいです。

 

 

「セルフ・ハンディキャッピング」という心理のようです。

 

 

こうやって客観的に見せられると、恥ずかしいなと思います。
いやこれから乗り越えていくから・・・。

 

 

 「続くこと」の芯には「自分」がいる

最近感じることに「継続できることは自分本位」というものがあります。

 

 

それほど飽きっぽい方ではないのですが、これは続けたいと思っても続けられないこともままあります。

 

逆に何となく続いてしまうこともある。

 

 

その差は何だと考えるとシンプルに「自分から始めて、自分のためにやっていること」でないかと思います。

 

 

あまのじゃくな奴だと思われるかもしれませんが、人からやるように指示されたことは正しいのだろうなと思っても長続きしません。

 

あくまで自分主導で思いついてやってみたことは、些細なことでも継続しています。

 

 

そしてそれ自体が自分の楽しみになることです。

 

 

例外も多いですが「誰かのため」だけだと一過性はあっても、ずっとやり続けるのはしんどくなってきます。

 

また「お金」のためとか、「誰かに好かれる」ため、だとそれもちょっと弱くなります。

そういう間接的な金銭とか、評価を介さずにも楽しいことならもっと継続しやすいです。

 

 

 「誰か」のことを意識するのはもっと先でいいのではないか

・・・と書いてしまうと自己中心的にも見えますが、最初はそれでいいと思っています。

 

 

とにかく「継続」をしていくことが大切で、ひたすら積み上げてみるとだんだん新しいものが見えてきたり、発展したりします。

 

 

そうしてから人に分かち合っていくような視点に立てればいいのかなと。

 

 

仕事でもなんでも「誰かのために貢献」することが必要で、それが喜びだったりもしますが、初めからそれを目指すとなかなかしんどいなと思います。

 

 

まずは自分でそれを楽しんでみる。そこから始められればと思います。

 

 

それでは!